2018年6月19日
  • 日々観た展覧会や関連書籍の批評をしていきます。

建築家の想像力を見る!「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」

東京国立近代美術館で開催中の「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」(2017.7/19-10/29)を見てきました。

またぞろ、旧来のアトリエ系建築家を称賛する内容になってるのではないかと危惧しましたが、色々新しい発見もありました。なんといっても今や巨匠となった建築家本人が忘れたいと思ってるのでないかと思えるような前衛的な作品を再評価(?)しているのが楽しかったです。とはいえ丹下健三、黒川紀章、安藤忠雄など巨匠の扱いは相変わらずだったので、その辺りはスルーして、これぞ前衛!といえる斬新な作品ベスト7を決めたいと思います。

7.無印良品「木の家」

日本の建築界では「建築家の家=素晴らしい」「ハウスメーカー=安かろう悪かろう」といった悪しき定説がありました。今回の展示ではハウスメーカーの群雄割拠という日本の独自文化を積極的に紹介し、日本建築史内の位置づけをはっきりさせたという点で大きな意味がありました。また家の「量産」について前川國男、池辺陽、難波和彦ら建築家が果たした役割についてもまとまった展示がありました。

 

6.篠原一男「上原の住宅」

建築展を見るうえで僕がどうしても受け入れることができないのが篠原一男でした。「住宅は芸術だ」とか「民家はキノコだ」とかもっともらしいことを言って権威づけをしていますが、僕には彼個人の美学を普遍的なものであるかのように語っているとしか思えません(もっともどの建築家も大なり小なりそういうところがありますが)。今回の展示でも彼の建築の巨大な写真パネルが観覧者を威圧します・・・ですが今回彼の家に住まう人のインタヴュー動画を見て、少々考えが変わりました。彼の設計の特徴は「トイレが狭い、風呂が狭い、収納がない」と聞いて思わず笑いました。彼にとってそういったものは住宅に不要なものであり、くつろぐ空間をいかに広くとるかということが重要だったようです。今後はもっと自由に彼の住宅が楽しめそうです。

 

5.山本理顕「岡山の住宅」

同じ敷地に住んでいながらバラバラに生活する、という家族制度崩壊の思想もさることながら、真ん中の空き地だけでなく住居部分もデザイン性がほとんどなく、しかも囲いも少なく色んな意味でスカスカです。バブル崩壊後の病んだデザイン・・・と思いきや、昨今も藤本壮介やSANAAが似たようなことやってますね・・・

この近くには黒沢隆「ホシカワキュービクルズ」などコンセプチュアルな作品がたくさんありました。

 

4.隈研吾+篠原聡子「伊豆の風呂小屋」

伊東豊雄や坂本一成の作品は沢山あったのに、隈氏の作品はこれだけでした。そういえば国立競技場が決まったときはザハ・ハディドの展覧会はあったのに、隈氏はありませんね。やはり嫌われてるのでしょうか。

それはともかく本作品、写真からもバラックっぽさが伝わってきますね。隈氏はプラスチックの家とかも作ってますし、現在もできるだけ地元にある安い材料で作ることにこだわっているようです。そういう意味では一貫性があります。

 

3.石山修武「世田谷村」

石山氏はこの他にもコルゲートハウスが大きく扱われており、なかなかの活躍ぶりでした。同じ前衛作品でも彼のは明るい雰囲気がありますね。この模型でも屋上で家畜を飼っていたり、こういう思い付き、批評不能な雰囲気は藤森照信氏に通じるものを感じます。

 

2.岡啓輔「蟻鱒鳶ル」

この一角は近くには津村耕佑氏の「ファイナルホーム」が展示してあったりと、カオスな空間でした。

岡啓輔氏は一人で鉄筋組、型枠、生コン打設を繰り返し、完全に独力でビルを建てている人です。彼オリジナルの型枠や生コンも展示されてます。「家を作る」という制度的制限を考える点に置いて意味深い展示でした。

1.宮本佳明「ゼンカイハウス」

阪神大震災で「全壊」判定を受け、行政によって建て替えを推奨された自宅を強引に再建したもの。鉄骨が住環境に食い込みまくりなツッコミどころ満載な空間が出現しています。

これは鉄骨を挿入した結果、このくらい高層化しても安心!というアピールをした模型です。安全性を可視化したものですが、現在でも国の決めた基準を「安全」として業界は成り立っています。こちらも建築制度を考えさせられる展示でした。

建築学生のお勉強的な展示も充実してますが、思い付きコンセプトな作品も多く、いつもながら面積の割には充実した展示でした。ナンコレ度★★★★

 

コメントを残す