2017年12月11日
  • 日々観た展覧会や関連書籍の批評をしていきます。

★ラッセンが日本だけで大流行したわけ「ラッセンとは何だったのか?」

原田裕規さん編著の「ラッセンとは何だったのか?」を読みました。

➀ラッセンとは?

この本でいうラッセンとは、イルカの絵で有名なクリスチャン・ラッセンのことです。

ハワイ在住のプロのサーファーでもあり絵描きでもあるラッセン氏は90年代、バブル末期の日本において突如として現れました。ラッセン氏と契約した美術品販売会社アールビバンは全国のショッピングセンターなどで大規模に販売会を開催。

かなり強引な販売方法も行いましたが、これまで美術に関心のなかった中間層を中心に爆発的な人気を誇りました。一方従来の美術関係者はこれまでにないその商法について行けず、ラッセンは美術として認めないという態度を取り続けました。

勢いに乗ったラッセン氏はディズニーとのコラボやCD発売、

国連の記念切手になったり・・・

住友銀行の通帳に使われたりして、パチンコにも進出しましたが、現在は一時ほどの勢いはないようです。ただ現在でも全国で展覧会を開催しています。

 

本書の編著者である原田氏はこのような固定化された現代美術界とラッセン一派とのディスコミュニケーションに疑問を覚え、➀ラッセン②同じく現代美術に無視されている日展作家③現代美術の三者が一堂に会する展覧会クリスチャン・ラッセン」展を企画・開催しました。本書はその展覧会を受けての論考集です。

 

 

②ラッセンの作品について

本書ではラッセン氏の作品について「奥行きがない」と繰り返し述べられています。

確かに彼の絵は遠近感を無視していますし、びっしり描き込まれているがゆえに余白が無いことも手伝い、べったり描かれている印象も受けます。しかし僕も彼の絵がいいとは思いませんが、この点は指摘するほどのことか、疑問です。

ヒロ・ヤマガタ「エコールドマルセイユ」

むしろラッセンと同じカテゴリーに入れられるヒロ・ヤマガタ氏や・・・

トーマス・マクナイト 「ニューポート」

トーマス・マクナイト氏の絵に比べると、格段に魅力的に感じます。

 

その点原田氏の企画展での問題提起は優れていたといえます。

彼は日展系作家や現代美術家からラッセン氏と似たアーティストや作品を選び、それらを並べて展示することにより、両者の垣根を取っ払うことを試みました。

本店に出品された作品のひとつに、山口敏郎氏のグーグルアースマッピングシリーズがあります。これはグーグルアースで見れる画像を絵画で再現した作品で、ラッセン作品の「空疎さ」をハイアートの視点から提示したものでもあります。

原田氏は現代美術界や日展内でもラッセン的絵画が生まれる可能性を提示し、3者の対話を試みたのです。

 

③ラッセン批判について

本書でも指摘されている通り、従来のラッセン批判はまったく根拠のない趣味の問題に過ぎないと思います。

ラッセン氏と似たような立場に置かれた国内のアーティストとして岡本太郎さんや村上隆さんがあげられます。この両者とラッセン氏との違いは、その作品の深みなどではなく、ギャラリストや美術館学芸員、美術評論家とのコミュニケーションの有無に過ぎないと思います。岡本さんは養女の岡本敏子さんの尽力により、美術界に足場を築き復権しました。村上さんはオタク文化の取り込みなど従来の美術表現から逸脱しているように見えますが、本人は東京藝術大学大学院卒の従来型美術エリートの典型です。

日本ゼロ年」展で椹木野衣さんがこの両者やウルトラマンのデザイナーである成田亨さんを紹介しながらラッセン派を排除したのは、斬新な展覧会のようでいてその実、現状追認に過ぎなかったからです。

 

 

④ラッセンと日本

ウィキペディアのラッセン氏の個別ページは日本語版しかありません。いかにラッセン氏が日本国内だけで特異的な人気を誇っているかがよく分かります。

フィンセント・ヴァン・ゴッホ「星月夜」

本書でいわれていることで印象的だったのは日本人にとってラッセン氏の絵画は印象派と同じだと指摘している点です。

西洋の古典的な宗教画、および宗教をテーマにした絵画はその歴史や伝統を勉強しなければ、絵画に隠されたメッセージを読み取ることができません。しかし印象派の絵画は風景画に過ぎないので勉強しなくても直感的に見ることが許されます。これが日本で印象派がウケる原因です。

東山魁夷「緑響」

ただ日本の場合、他のアジア諸国と違って、西洋だけでなく自国の歴史、文化を学ぶ気もないということです。その結果国内の美術界においても平山郁夫東山魁夷氏といった没個性的な絵画や、作品の背景が分からなくても直感的にすごいと感じる仏像などが人口に膾炙することになります。

 

ラッセン氏のサーファーとしての自然との一体感を訴える直截なメッセージも、直感的に善し悪しを判断する人々の人気を後押ししています。

本書がこのような状況をヤンキー文化と表現しているのも面白い点です。

カラオケ館の壁画

現在も日本ではラッセン的なイメージが芸術界の中間搾取を通さず、直接資本主義によって消費されています。そこには日本人の現代美術は認めないとする潜在的な意識の働きが読み取れると思います。

 

 

ラッセンを通して日本の美術の根本を考えるきっかけになる本でした。ナンコレ度★

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