アレックス・カーの「ニッポン景観論」を読みました。

 

著者は父親の仕事で日本に来て以来、一貫して日本文化研究でキャリアを積んできた人物です。現在京都に住みながら奈良、徳島、長崎で古民家再生を行うなど伝統文化復活を志しています。

 

世界観光ランキングによると日本は16位ですが、アジアでは中国、タイ、マレーシア、香港に次ぐ順位で、国の規模に対して観光客がまだまだ少ないことが分かります。

 

また著者に指摘されるまでもなく日本は都心から田舎のロードサイドまで均一の景観が広がり、個性的な景観を作り出す観光工学が全く未分化の国であることは論を待ちません。

僕が見た感じでもニューヨークのブロードウェイのように、そこだけ広告を集中投下することは、強いインパクトを与えて広告主にも、観光業にも高い収益を与えると期待できます。(もっともその足元の土産屋は日本と同じくどの店も同じ品ぞろえでしたが)

「新世紀エヴァンゲリヲン新劇場版:破」より

もっとも著者が唱える電線の地中化については賛成しません。エヴァンゲリオンゴジラによって電線は最早日本の風物詩になっており、サブカルどころかハイカルチャーまで岩崎貴宏などが作品のテーマにしています。

また日本の仮設足場が美しくないという意見ですが、姫路城の例もあるので必ずしもそうとも言えないかと思います。著者が指摘している通り、市民の支持が姫路城クラスまで高まると足場も美化されるようです。

「ニッポン景観論」より

ところで本書の最大の魅力(?)は著者の撮った日本の「悪い」景観の写真の数々です。僕自身も感覚が毒されているせいか、こうして指摘されないとそのおかしさに気づかないものですね。

「ニッポン景観論」より

こちらは地方自治体の単年度決済が生んだ過剰な護岸工事です。

「ニッポン景観論」より

パリの手前が旧市街、奥が新しくできた高層ビル群です。日本ではこうしたメリハリができず、どこまでも同じ景観が拡大していくことが問題視されます。

ここで思い出されるのが各地に増えている茶色いコンビニや自販機です。これは周囲の環境に配慮してでしょうが、面白いのが茶色にするという選択肢はあっても、「コンビニや自販機は建てない」という選択肢はないことです。日本人はパリ市民と違って利便性を捨ててまで景観を守ることはありえません。もし京都市がパリと同じ政策をとっても茶色いコンビニやファーストフード店が量産されるだけでしょう。

「ニッポン景観論」より

極めつけはダヴィデ像のコラージュ写真。こういう悪乗りが本書には随所にあります。

上の写真のような過剰な看板は、それを立てることによって迷惑行為を完全にシャットアウトしたい、それについてもう考えたくないという考えの表れです。自ら思考停止に陥りたいという日本人特有の思考回路ですね。東日本大震災の際の安全神話にも同じことが言えると思います。

 

全体として志は分かりますが、著者が「悪い」とする景観をこき下ろすのにページを割き過ぎて「良い」とする景観の説明や、それを守っていく手法に説得力を欠くと思いました。これでは思考停止した日本国民全員を覚醒させるには到底足りません。僕は結構日本のだめな景観が好きだからいいのですが。