2018年12月19日
  • 日々観た展覧会や関連書籍の批評をしていきます。

★★建築図鑑⑬正しいポストモダンの使い方「M2」

隈研吾「M2」歩道橋から撮影

今回は東京都世田谷区のM2に注目してみたいと思います。

最寄駅は千歳船橋。世田谷美術館から歩いていくこともできます。

M2とはマツダの子会社の社名ですが現在は解散しています。ビルは現在葬儀会社のメモリードが入居しています。メモリードの東京2号店なのでM2のサインはそのまま残りました

設計は隈研吾氏。

隈研吾「新国立競技場」

新国立競技場の設計で有名ですね。

不可思議なデザインは中央が古代ギリシャのイオニア式の柱で、その左に最新式、右に古典式の建築様式を貼り付けています。

このころはポストモダンという建築様式が流行っていました。これは過去から未来のあらゆる建築デザインを全く脈絡なく流用するという手法です。磯崎新「西日本シティ銀行本店」

例えばポストモダン建築の代表選手、磯崎新氏設計の西日本シティ銀行本店はインド砂岩の外壁、巨大化し建物からはみ出た梁と柱、大理石のエントランスなどが何の脈絡もなく使われています。

隈氏はこのポストモダン様式を批判的に用い、本建築を設計しました。なので当時この建物は建築界では評判が悪かったようです。

しかし、隈氏は本当に批判するためにこのようなデザインにしたのでしょうか?

(新建築より)

特徴的な頭頂部はランドマークになるとともに、合体ロボットの顔のようにも見えます。またクライアントのマツダが扱う車の車輪のようにも見えます。

(新建築より)断面図

内観を見ていきたいと思います。上記は竣工当初のM2入居時のものです。

(新建築より)アトリウム

中央柱の中はエレベーターシャフトになっており、自然光を入れるアトリウムの役割もありました。装飾や手すりに遮音壁やガードレールなど道路関係の建材が使われています。

(ポストモダン建築巡礼より)葬儀会場

竣工時のホールです。階段は飛行機のタラップです。

(ポストモダン建築巡礼より)葬儀会場

同じホールが現在は葬儀場になっています。

(ポストモダン建築巡礼より)1階受付

 

 

設計の随所に隈氏の古代から最先端までの建築様式や素材への関心が表れています。特に古今東西様々な建材を用いる姿勢はM2以後も現在に至るまで続いています。1990~2000年代には石、木、プラスチック、鉄など様々なものを建材として用いる実験的建築を多く誕生させています。そして徐々に「その地域で手に入る最も安価な建材を最小限の加工で用いる」というスタイルが確立します。

隈研吾「ハモニカ横丁 三鷹」破棄された自転車のスポークをファザードに貼り付けている

隈氏はバブル期に行った一見無法図な実験を、しっかりとバブル後の設計に生かしています。この辺りがバブル的無責任さを継続する他の建築家を抑えて新国立競技場の設計に選ばれた要因だといえます。ナンコレ度★★

 

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