9月に横浜で開催された「アウトオブトリエンナーレ」を見てきました。
これは同時開催の「横浜トリエンナーレ2017(以下ヨコトリ)」の関連企画のひとつで、寿町で開催されました。
思えばヨコトリはなぜか関連企画が数多くありました。アウトオブトリエンナーレの他にも黄金町バザールなど、複数の芸術祭が同時に行われていました。
なぜ全てヨコトリに内包せずに別々に開催するのでしょうか?それはそれぞれのイベントの性格の違いのせいだと思われます。
ヨコトリは新潟の大地の芸術祭や瀬戸内国際芸祭と違い、西洋的な都市型の芸術祭。そのため作品は横浜という土地との関連性を持たず、普遍的なものばかりです。
普遍的な作品は普遍的な入れ物がふさわしいです。丹下健三さん設計の横浜美術館は周囲との調和を全く無視したポストモダン形式で、内装も含めて一見豪華でその実空疎な建築です。
このようなヨコトリの空気からすると、黄金町や寿町は全く受け入れられない街です。黄金町はかつて違法風俗店が栄えた街で、寿町も元々日雇い労働者が住むドヤ街でした。今でもその空気は濃厚に残っています。
黄金町バザールやアウトオブビエンナーレは都会の華やか(そして空虚な)芸術祭にノーを突き付け、「俺たちを忘れるな!」というメッセージを発する役割があったのではないかと思います。
なかでもアウトオブビエンナーレは象徴的なイベントです。なにしろ建て替えのために更地になったタイミングを狙い、次の建物が立つ一時の間に、仮設で会場を設営してしまおうというのですから。
そもそもこのイベントのメインである水族館劇場という劇団そのものが、アウトサイダーをラジカルに追求した劇団です。彼らの大きな特徴は2つ。仮設で巨大な芝居小屋を設営することと、水を大規模に使った演出です。
更地になった工事現場というのは、床のコンクリートが剥がされている故に水はけは最悪で、雨が降るといつまでも乾きません。水族館劇場は今回それを逆手に取り、工事現場の仮設材を駆使して水没した工事現場に複数の島を形成しました。ちなみに写真の奥の空間は古本屋。やはりアウトサイダーに関する本が多かったです。
招聘された芸術家もアウトサイダーを強く感じさせるものが多かったです。正面中央の巨大は生き物(?)は岡本光博さんのDADAモレ。
福島の汚染瓦礫の保存バックを擬人化したものをさらに拡大してます。
同じく岡本さんの代表作「ドザえもん」。この奥にも敢えてB級のテイストを狙った作品がいろいろ展示されていました。
これらの作品の共通点は「分かりやすさ」と「露悪性」だと言えます。洗練されたアート作品に背を向け、「見世物」に徹する。ハイブロウに走り、しばしばディスコミュニケーションに陥るヨコトリ的ハイアートに対する強烈なアンチテーゼです。
この水溜りは客と役者を分ける結界の役割を果たしていました。
小屋の上部からや吊り下げられた船の上から役者が登場する演出のあと、芝居は芝居小屋内に続きます。
劇の内容は時代に取り残された役者たちの物語。そして演出は舞台が割れて下のプールから役者が登場するなど、徹底して水が使われていました。幕間には人間ポンプが行われるなど、かつての見世物小屋を正統に継承する姿勢が如実にみられました。
西洋的な芸術祭が行われる一方で、それに勝る力で土着の祭りも発生する。このエネルギーこそが横浜の芯の魅力なのかもしれません。ナンコレ度★★