川崎市民ミュージアム(新建築より)

今回は川崎市民ミュージアムに注目したいと思います。

設計は菊竹清則氏。

スカイハウス(1958年)

菊竹氏といえば、代表作はスカイハウスです。家全体を空中に持ち上げ、下の空間に部屋を吊り下げることで、生活の変化に合わせて家も変化していくという設計で、戦後の新しい住まい方を提案した名作です。

東光園(1964年)

都城市民会館(1966年)

一方その後の設計活動は初期の東光園や都城市民会館などが構造面からもデザイン面からも評価される一方で、

江戸東京博物館(1992年)

九州国立博物館(2004年)

後期の江戸東京博物館や九州国立博物館などは規模が大きくなるにつれ、デザインや技術的な革新性が見られなくなり、批判を浴びることになります。

アクアポリス(1975年)

一方菊竹氏は日本発祥の建築運動「メタボリズム」の最も積極的な推進者としても有名です。沖縄国際海洋博覧会では長年提唱してきた海上都市をついに実現。しかし海洋博後有効活用されないまま、スクラップになり、かえって未来都市の現実との乖離を強調することになりました。

 

 

さて、川崎市民ミュージアムといえば、その展示以上に有名なのはその財政状況の厳しさです。

その状況は暮沢 剛巳氏の「 美術館の政治学 」など複数の本に取り上げれています。

この美術館も、同じく閉館の危機にさらされた芦屋市立美術博物館も共通して

➀いつ行ってもガランとしたほとんど無人空間

②節約のためか最小限の照明のみの暗い空間

という共通点があります。

川崎市民ミュージアム 「逍遥空間」(新建築より)

特に川崎の場合は3階ぶち抜きのコンサート会場ばりの広大な屋内空間「逍遥空間」

があるために、余計閑散ぶりが目立ちます。

川崎市民ミュージアム 断面図(新建築より)

この高さ20m、直径20mという「逍遥空間」こそ、ミュージアム最大の特徴です。

入場者はエントランスからスロープを登ってまず逍遥空間に向かい合うことになります。

川崎市民ミュージアム 2階平面図(新建築より)

逍遥空間を囲んで半円状に企画、美術、歴史、民俗などの展示が緩やかにつながっています。

菊竹氏はこれを、「SEE、DO、THINKという、三つの機能の中で、これまで経験のないTHINKのためのスペースをどう創るか」を考えて設計したと考えています。ただ見るだけでなく体験して考えるという新しい博物館のあり方について菊竹氏も他の多くの博物館関係者同様、迷いながら結論を出したのでしょう。

「逍遥」とは「あちこちをぶらぶら歩く」という意味で、ジャンルの異なる展示品を並行して見て回ることで、新しい思考が生まれることを菊竹氏は期待したのかもしれません。

 

一方で菊竹氏は「果たしてこれでよかったのかどうかは、今もってわからない。おそらく今後の状況で評価が出てくるものと思われる」と正直に胸の内を明かしてもいます。

この発言通り、川崎市はこの巨大施設を現在に至るまで持て余しているように見えます。

最寄駅からバスで10分というアクセスの悪さにも関わらず、ミュージアムは他の施設と連携するなどの来館者を増やすような努力を行った形跡はありません。また企画展も玄人向けのマニアックなもので、専門家には評価が高くても来場者は見込めません。またせっかく歴史、民俗、美術が繋がった展示室、映写室、劇場まで揃っているにも拘わらず、それらを複合的に使った企画が行われたという話もとんと聞きません。

 

僕としても去年の「生きるアート 折元立身」展など好企画があっただけに、ミュージアムには施設をフル活用した展示を心掛けてほしいと思います。