2018年12月12日
  • 日々観た展覧会や関連書籍の批評をしていきます。

★★終わりなき探求「阿部展也―あくなき越境者」

阿部展也って誰?って思いますが、国内の28の美術館に所蔵されている、かなり大物芸術家みたいです。
新潟県出身で、会場では地元番組での特集が上映されていました。
このように結構有名なのに知名度が低いのは、作品のスタイルが次々と変化していって、定番となる作品がないせい、とのことでした。
阿部展也「飢え」
その上で、代表作とされるのが上記の作品。1949年の作品で、鶴岡政男氏の「重い手」と並んで、戦後直後を代表する作品として評価されているそうです。
が、個人的にはこの作品を含めて、戦前~アンフォルメル前ぐらいまでの絵画はあまり面白い作品はありませんでした。そもそも釣りで家族を養っていた鶴岡氏とこの頃既に米軍の押しもあり画壇で華麗に活躍していた阿部氏を並べること自体に違和感があります。
阿部展也「妖精の距離」
会場の始めには戦前、滝口修造氏が詩を付けたという「妖精の距離」も展示されていました。
実質本作で阿部氏は芸術界に華麗なデビューを果たすわけですが、時代を読む目が病的に優れた人だったんだなという思いが先立ちます。
この件に限らず、阿部氏は芸術家としてだけでなく、処世術においても恐ろしく嗅覚が働く人で、戦中陸軍の要請で写真家として従軍した際にはフィリピン人女優と結婚し、終戦に先立って米軍の捕虜になれば彼らにも気に入られて画材を提供されるという具合です。
戦後も英語力を生かして国内だけでなく海外でもいち早く売り出しています。
阿部展也「夜の目」
初期の作品の中で面白いと思ったのは写真作品です。
(図録より)阿部氏の写真が表紙を飾った雑誌「フォトタイムス」

阿部氏は親せきが写真機屋で機材が使い放題だったこともあり、ごく初期から写真作品が多くあります。

シュルレアリスム風な作品はこのジャンルでは国内開祖といえる存在で、戦後も長きにわたって後輩の世話をすることになります。

会場でも写真はスライドで大量に紹介されていました。

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阿部展也「作品」

絵画作品は戦後もシュルレアリスム風のものや、戯画的なものが続きますが・・・

(図録より)阿部展也「作品」

インドや旧ユーゴスラヴィアに訪れたことをきっかけに画風が変化します。

展覧会のタイトルである「越境者」とは作風の越境場所の越境の意味が含まれています。

特に後期、日本より海外にいることが多くなった阿部氏は場所が変わるとともに作風もどんどん変化させていきます。

 

当時国内でも芸術グループ「具体」を中心にアンフォルメル旋風が起きており、猫も杓子も爆発したような抽象画を描いていた時期です。
阿部氏のこの頃の作品は国内のアンフォルメル、具体、九州派などの潮流に乗っているかのようですが、これらの作品が極めて保存性が悪かった(また保存する資金もなかった)のに対し、阿部氏の作品は非常に保存状態がいいです。

(図録より)阿部展也「モニュメント」
これは阿部氏のこの時期の作品はエンコスティックという手法で描かれているせいです。これは絵具を蜜蝋で定着させるという技法で、当時は廃れた失われた技術でした。
蜜蝋は熱に弱い一方、湿度による塗料の剥落がないのが特徴です(そのせいか、会場は寒かったです)
(図録より)阿部展也「CONVERSATION JAPAN」

一方画題は阿部氏お気に入りのインドやユーゴスラヴィアの城壁や岩肌から取っていると思われます。

阿部展也「R-17 ROMA」

エンコスティックの作品は時代とともに洗練されたものになっていきます。

最後期のこのシリーズは口を開けた人を表しているとのこと。

同館で同じ年に行われた版画展を思わせる作品です。

阿部展也「マスプロダクション」

一方同時期の作家と同じように、キャンバスに色々貼り付ける作品も作っています。

コルクをびっしり貼り付けたものはともかく・・・

阿部展也「ABSTRACT」

卵ケースを貼り付けた作品はこの種の作品の中では白眉だと感じました。

ケースを敷き詰めた隙間から目玉が覗いているのがアイデアです。

阿部氏は写真作品でも卵を撮っていたし、好きなモチーフなのかもしれません。

阿部展也「R-44 ROMA」

58歳で急逝する数年前からは体調も良くなく、体力を使うエンコスティックからアクリルに移行していたようです。

(図録より)ルーチョ・フォンタナ「空間概念」

さて、本展覧会では阿部氏の個展でありながら、それ以外の作家の作品も多く出品されており、そういった意味でも越境者になっています。

これは阿部氏と交流のあった作家を紹介する意味もありますが、文筆家であり、アートの紹介者としての阿部氏を評価する意味があります。

かつて地元新潟にあったBSN新潟美術館は所蔵、企画ともに当時すでにローマに在住した阿部氏が全面協力しており、そのせいで今も新潟美術館がイタリア作家の作品を所蔵しています。

この中で最も知名度が高いのはキャンバスを切り裂いたルーチョ・フォンタナですが・・・

(図録より)ギュンター・ユッカー「LIGHT RELIEF」

個人的にはドイツの前衛集団「グループゼロ」の作品が面白かったです。

上の画像は釘で作品を形作っている作品ですが、このグループは野外での大型インスタレーションやハプニングも多く行っており、阿部氏の交友と関心の広さを思わせます。

カタログでは阿部氏の文章が多く収録されるなど、越境者のタイトルに恥じない展覧会で満足しました。通常の展覧会では飽き足らない人にこそおすすめです。★★

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